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東京地方裁判所 昭和29年(レ)93号 判決 1956年10月22日

控訴人 尾藤昇

被控訴人 尾藤巖

主文

控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、当審において訴を変更し、「被控訴人は控訴人に対し東京都江戸川区小岩町三丁目千三百六十八番宅地五百十八坪の内約十五坪の上にある木造互葺平家建居宅一棟建坪九坪五合の建物を収去し、その敷地約十五坪の明渡をせよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として「請求趣旨記載の土地(以下「本件土地」と略称)は控訴人及び被控訴人双方の亡父金十郎の所有であつたが、亡父金十郎は大正十五年六月二十八日右土地に請求趣旨記載の建物(以下「本件建物」と略称)を建築し、直ちにこれを被控訴人に贈与し、同時に、被控訴人に対し期間を定めず無償で右土地を貸与した。

被控訴人はその後引き続き右家屋を貸家として現在に至つている。亡父金十郎は昭和七年八月十日死亡し、控訴人が家督相続をした結果、右土他の所有権及び右使用貸主の地位は控訴人に承継された。右使用貸借契約には期間の定めがないから、民法第五百九十七条第三項、第五百九十八条により被控訴人は控訴人から請求を受けたならばいつでも本件建物を収去し、本件土地を明渡さなければならない。仮に右主張が認められないとしても、右使用貸借契約には期間の定めがないばかりでなく、使用及び収益の目的についての定めもないのであるから、被控訴人は右法条によりいつでも本件土地を原状に回復して返還しなければならない。しかるに被控訴人は、控訴人から昭和二十八年七月十七日頃到達した書面で、同年七月二十五日までに本件建物を収去し、本件土地を明渡すよう請求されながら、これに応じない。よつて控訴人は民法第五百九十七条第三項第五百九十八条により、被控訴人に対し本件建物の収去及び本件土地の明渡を求める。」と述べた。<立証省略>

被控訴代理人は、答弁として、「控訴人の主張する請求原因事実のうち、使用貸借契約に使用及び収益の目的についての定めがなかつたとの点を否認し、その余の事実はすべて認める。亡父金十郎は被控訴人が本件建物を朽廃するまで保存所有し、これを貸家にして賃料を収得することにより、生活の一助とし、また適宣弟妹の面倒をみることができるようにとの目的で、被控訴人に本件土地の無償使用を認めたのであり、被控訴人は今なお本件建物を所有し、これを貸家にして賃料を収得しているのであるから、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終つたものといえないことは勿論、使用及び収益をするに足りる期間を経過したものともいえない。従つて被控訴人が控訴人の主張するような義務を負う理由は少しもない」と述べた。<立証省略>

理由

本件土地は控訴人及び被控訴人双方の亡父金十郎の所有であつたが亡父金十郎は大正十五年六月二十八日右土地に本件建物を建築し直ちにこれを被控訴人に贈与し、同時に被控訴人に対し期間を定めず無償で右土地を貸与したこと、被控訴人はその後引き続き本件建物を貸家として現在に至つていること、亡父金十郎は昭和七年八月十日死亡し、控訴人が家督相続をした結果、右土地の所有権及び右使用貸主の地位は控訴人に承継されたこと、は当事者間に争がない。

控訴人は右使用貸借契約には期間の定めがないから、民法第五百九十七条第三項、第五百九十八条により、いつでも、右土地の返還を請求できると主張するが、民法第五百九十七条第三項の規定は、当事者が返還の時期を定めず、かつ、使用及び収益の目的をも定めていない場合には貸主はいつでも返還を請求できるという趣旨であり、このことは同条第一項及び第二項との対照上明白であるから、控訴人の右主張は理由がない。

次に、控訴人は右使用貸借契約には使用及び収益の目的についての定めはないと主張するので、この点について考えるに、原審及び当審における被控訴本人尾藤巖尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人及び被控訴人双方の亡父金十郎は被控訴人に対し本件建物の所有を目的として本件土地の無償使用を認めたことは明かであり、他にこれに反する証拠はない。ところで使用貸借契約はもつぱら借主の一方的利益に帰するものであるが故に、契約当事者としても著しく長期の存続期間を予想していないのが通常であり、また法律もその存続期間については、これをもつぱら当事者の意思に委ねる反面、最小限当事者の合意したことだけはその実現を確保するという消極的態度をとつているのであるから、一方においては、契約が不当に長く存続する結果を避けるため、民法第五百九十七条第二項の使用及び収益の目的ということの意義を、例えば土地使用貸借における「建物所有の目的」または建物使用貸借における「居住の目的」というような一般的抽象的なものではなく、契約成立当時における当事者の意思から推測されるより個別的具体的なものをいうものと解し、他方においては、借主の利益を保護するため、ひとたびこのような目的を定めて契約を締結した以上は、貸主は原則として、借主がその目的に従つて使用及び収益を終つたこと、またはその目的に従つた使用及び収益をするに足りる期間を経過したことを主張立証しない限り、物の返還を請求することができないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、原審及び当審における被控訴本人尾藤巖尋問の結果、と弁論の全趣旨を綜合すると、前記亡父金十郎は、被控訴人がその財産として本件建物を朽廃するまで保存し、これを貸家にして賃料を収得することにより、生活の一助とし、または被控訴人が将来事業に失敗したようなときでも、本件建物を一家の住宅として事業の再建を図ることができるようにという目的で、被控訴人に本件建物を贈与し、かつ本件土地の無償使用を認めたものであることが認められ、従つて、右使用貸借契約には本件建物を朽廃するまで保存し、所有するという、使用及び収益についての定めがあつたものと認定するのが相当である。右認定に反する当審証人蛭間重亮、同尾藤そめの各証言、当審における控訴本人尾藤昇尋問の結果は信用し難い。しかも右目的に従つた使用及び収益が終つたことまたは使用及び収益をするに足りる期間を経過したことを認めるに足りる証拠はないから、右使用貸借契約は終了したものとは認められない。従つて控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

よつて控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原英雄 輪湖公寛 山木寛)

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